はやぶさ2、人工クレータ生成実験へ(2:DCAM3編)

「はやぶさ2」SCI運用紹介の2回目は、分離カメラ(DCAM3)について解説していく。

分離カメラの英語名称はDeployment Cameraである。略称のDCAM(ディーカム)はこれに由来する。
最後の3は、3機目と言うことだ。では、1・2はどこに?
まずは前身となったDCAM1、DCAM2から筆を起こすことにする。


1.最初の分離カメラ

DCAM1・2は、どこでどのように使われたのだろうか。話は2010年に遡る。
この年の5月21日、風の隙間を縫うように飛び立ったH-IIA 17号機には、金星探査機「あかつき」とともに数機の副衛星が搭載されていた。副衛星のうち最大の機体が、ソーラーセイル実験衛星「IKAROS」だ。
質量310kg、 直径1.6m×高さ0.8mの円筒形の本体に、広げると14m四方になるソーラーセイルが畳んで巻き付けられていた。
6月2日から9日にかけて、イカロスはソーラーセイルの展開を行った。1辺14m四方、畳に換算すると120畳相当の「大風呂敷」だ。
「IKAROS」本体には、セイル展開を確認するためにモニタカメラが搭載されていたが、機体形状が扁平であったために全体を見渡せるほど高さが取れず、完全に展開したかどうかを知るには不十分であった。そこで考案されたのが、「本体からカメラを分離して撮影する」ことであった。カメラを分離……そう、「分離カメラ」である。
この時に開発されたのが、DCAM1・2であった。6月14日にDCAM2が、19日に1が分離され、ともに撮影に成功した。TwitterではIKAROSとDCAM1・2を擬人化したキャラクターが運用に合わせて掛け合いを行い、ファンを楽しませたのであった。

・セイル展開ミッション (JAXA:開発者の澤田 弘崇氏による記事)
 http://www.isas.jaxa.jp/feature/special_issues/ikaros/04.html
・IKAROSのTwitterアカウント
 https://twitter.com/ikaroskun
・DCAM2のTwitterアカウント
 https://twitter.com/DCAM2
・DCAM1のTwitterアカウント
 https://twitter.com/DCAM_1

DCAM2が撮影した「IKAROS」

DCAM1・2の仕様
直径55mm、高さ60mmの円筒状
質量280g
電池寿命約15分
カメラ1台を搭載
アナログ方式、解像度は水平656pix、垂直492pix
最大1fpsで撮影可能
視野角水平125°、垂直100°


2.DCAM3

2-1.DCAM3の目的

「IKAROS」においては機体を撮影するのを目的に搭載されたDCAMであったが、「はやぶさ2」では別の役割を担う。人工クレータ生成時に、探査機本体が存在してはいけない場所から小惑星を撮影するのだ。
インパクタで小惑星にクレータを作る際には、多くの砂や石、表面状態や岩石密度によっては岩と呼んでもいい大きさの土砂が巻き上げられることが予想されている。これを避けるため、着弾の瞬間は、「はやぶさ2」本体はリュウグウの陰に避難している。すると、小惑星にライナが命中し噴出物を巻き上げるという一連の流れは撮影できない。
しかし、どのようにライナが衝突し、どのような土砂の巻き上がり方をしたのかは、科学的に非常に貴重なデータだ。
DCAM3は、探査機が小惑星の陰に待避する途中で切り離され、クレータ生成の瞬間を横方向から捉えるのをミッションとしている。土砂が飛来する可能性が高いエリアのため、ロストすることも覚悟の運用だ。

DCAM3の仕様
直径80mm、高さ78mmの円筒形(レンズ、アンテナの突起を除く)
質量600g、
電池寿命最大3時間(温度等によって変動)
カメラ2台を搭載
・アナログ:解像度は水平720pix、垂直526pix
 2fpsで撮影可能
 視野角水平71°、垂直53°
 カラー撮影
・デジタル:解像度は水平2000pix、垂直2000pix
 1fpsで撮影可能
 視野角水平74°、垂直74°
 モノクロ撮影

2-2.2台になったカメラと通信

                画像クリックで拡大           (C)JAXA
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全体的にDCAM1・2より一回り大きく、カメラが増えている。解像度は高くなり視野角は狭くなっているが、これは撮像範囲の差によるもので、ミッション上問題はない。
なぜ方式の違うカメラを搭載することになったのかというと、アナログ方式は解像度は低いものの、一部の信号が受信できればその分は画像化できるのに対し、デジタルは高精細であるが撮影失敗か成功かしかないという、特性の違いがあるためだ。なんとしてでもデータを取ろうという思いが現れている。
更に、データサイズの小さいアナログはリアルタイムに探査機にデータを送ることができるが、サイズの大きいデジタルは一度バッファにデータを蓄えて遅延送信するということになる。

「IKAROS」では数百メートルの通信距離だったが、「はやぶさ2」の場合は数キロメートル以上の通信距離となることが予想される。そのため、通信機が強化され10km以上の距離で送信が可能となっている。アンテナはアナログ・デジタルそれぞれに用意され、機体側にも対応するアンテナが搭載されている。なお、DCAM3の通信機は送信専用である。
機体側には、分離したことを確認するモニタカメラ(MCAM)が搭載されている。

2-3.機体との固定と分離・回転機構

機体との固定は、ツメで引っかける方式である。円筒の両端に2つずつ、合計4箇所のツメが引っかかっている。
分離時にはまず、分離機構内部のピンが電気信号によって引っ込む。それが機械的に内部の腕を押し、爪が開く。それと同時に押し板が持ち上がり、DCAM3を軽く押し出すのである。

ただ放り出すだけでは、無作為に回転をしてしまって目標を向くことが出来ない。
これを防ぐため、DCAM3は分離時に回転を与える。回転するコマの軸が傾きづらい現象(ジャイロ効果)を使い、安定して目指す方向を向くことが出来るようにしているのである。初期の人工衛星によく使われた「スピン安定」という方式だ。回転速度は、記者会見では毎秒100°ということだった。

重量に余裕がないため、スピンを与える機構には工夫を凝らしている。
分離前の円筒の側面には、分離機構から出たツメが2箇所、高さ方向に並んで引っかかっている。
分離時にこのツメは、側面を円周方向に「引っ掻く」ように働く。この引っ掻きによって回転を与えるのだ。
イメージとしては、ホルダにセットしたトイレットペーパーの側面を、2本の指で引っ掻いて回転させる様子を想像して欲しい。
ツメの数は1本ではダメで、2本以上が一直線に並んでいなければならない。1本だけだと味噌すり運動をしてしまい、円筒の端に搭載されたカメラが同じ方向を向き続けることが出来ないのだ。
モータやバネといった動力を使わずに回転を始めさせる、見事な機構である。


DCAM1・2からDCAM3へ、分離カメラは進化を遂げた。カメラの台数が増え、解像度も上がった。装置全体を小型軽量に仕上げるため、からくり仕掛けのようなギミックを採用することになったのも面白い。

果たしてDCAM3は、衝突装置(インパクタ)が小惑星にクレータを穿つ瞬間を捉えることができるのだろうか。成功を祈ってやまない。

次回は、SCI運用時の「はやぶさ2」本体の動きについて解説する。

(記事:金木利憲)