はやぶさ2、人工クレータ生成実験へ(1:インパクタ・クレータ生成編)

2019年3月18日(火)に開催された記者会見で、小惑星探査機「はやぶさ2」のSCI運用の日程が発表された。
運用は4月4~6日に行われ、クレータ生成は5日11時36分(機上時間)、S01地点を目標として行われる予定である。

右から久保孝JAXA教授/ISAS研究総主幹、佐伯孝尚JAXA助教/はやぶさ2プロジェクトエンジニア/分離カメラ(DCAM3)・サイエンス担当、小川和律神戸大技術専門職員、和田浩二千葉工大惑星調査研究センター主席研究員/衝突装置・サイエンス担当
クレータ生成位置は、左側の黄色い楕円の中

SCIとはSmall Carry-on Impactor(搭載型小型衝突装置)の略称で、この装置を使って小惑星表面に人工クレータを作るのが今回の実験となる。
記事中「機上時間」とあるのは、実際にその動作が行われる時刻を指す。行われたという情報は電波で地球に送信されるが、届くまでに約18分かかるので、動作した瞬間に知ることができるわけではない。

東京とびもの学会は、取材成果を3回にわけて掲載していく。
1.衝突装置(インパクタ)とクレータ生成
2.DCAM3について
3.実験時の「はやぶさ2」の動きについて
第一回は、衝突装置(インパクタ)とクレータ生成についてである。


1.衝突装置(インパクタ)とは

衝突装置(インパクタ)とは、小惑星表面に人工のクレーターを形成するための装置だ。探査機から衝突装置が分離されて、小惑星の上空で作動して金属の衝突体を小惑星に撃ち込む。

搭載位置は、サンプラホーンと同じ面のほぼ中央である。

衝突装置(インパクタ)搭載位置

1-1.衝突装置の形状と発射

SCIの形状は底面の直径30cmの円錐形である。円錐の内部には爆薬が詰まっている。底面には、円錐の内側に浅皿のようにわずかに湾曲した、厚さ5mm、直径30cmの純銅板が張られ(内張りの意味でライナという)、これが爆発の勢いと衝撃波で飛翔しながら変形して衝突体となる。分離機構を除いた質量は14kg、うち爆薬部が9.5kgとなる。
ただし、機体に乗せるに当たって分離機構やバッテリ、タイマ装置などを装備したため、搭載時の外見は円筒形となっている(下の写真参照)
銅板はただの円盤ではなく、球の一部を切り取った形をしている。質量は2.5kgあるが、これは円錐に溶接される「のりしろ」の部分を含むので、衝突体として飛び出すのは2kgである。
爆薬を炸裂させると、爆轟によって銅板が弾丸状に変形し、小惑星に向かう。弾丸状に変形するまでの時間は100万分の4秒、最高速度に達するのは爆発から約1000分の1秒後で、その速度は秒速2kmに及ぶ。

インパクタ本体。画像:JAXAデジタルアーカイブス
分離機構等を装着したインパクタ。搭載時はこの形である画像:JAXAデジタルアーカイブス

1-2.衝突装置の起爆と安全装置

衝突装置の分離は高度500mで行われる。探査機本体は速やかに安全地点まで待避するが、その途中で分離カメラ(DCAM3)を置いてくる。このカメラでクレータ生成の瞬間を捉えることを狙っている。
爆発タイミングはタイマで制御される。時間は1秒単位で設定できるが、今回は40分である。時間設定は分離前だけに行うことができる。衝突装置には無線通信装備がなく、分離時に通信ケーブルを切断するので、一切の通信が不可能になるためである。タイマ駆動と点火のために、衝突装置には一次電池が搭載されている。電池は、温度にもよるが概ね7時間程度は保つという。
起爆までの時間を40分としたのは、探査機本体が確実に待避でき、分離後最大3時間で電源が切れる分離カメラとの折り合いを付けるなど、諸条件を考慮した結果の長さである。複雑な運用となるが、事前の訓練も行い、充分に手順を確認している。
衝突装置は爆発物であるため、不意の爆発をしてはならない。安全を保つために、方式の異なる三重の安全装置が用意されている。
一つ目は、電源オン操作。分離前に機体側から電源オンの指令を送る。
二つ目は、タイマー起動。
三つ目は、分離確認。これは物理スイッチではなく、小さな太陽電池で行う。分離前は光が当たらず、分離後に光が当たって電力が発生することで機体から離れたことを検知する。これによる充電は行わない。
三重化は衛星側の要求ではなく、ロケット側からの要求だった。打ち上げ時の安全性を担保するためである。

分離確認用太陽電池:JAXAデジタルアーカイブスの画像に文字追記

ここまでの情報をまとめると、以下の通り。
・衝突装置は、小惑星に人工クレータを作る装置
・衝突体は純銅板で、質量2kg、秒速2kmで小惑星にぶつかる
・ぶつかったエネルギーで小惑星にクレーターを作るのが目的

少々詳しい方向けに述べると、これは成形炸薬弾の一種の自己鍛造弾である。ライナは無酸素銅で質量2kg、爆轟によって400ナノ秒で弾丸状となり、約1マイクロ秒で2km/secに加速されて小惑星を穿つ。メーカは日本工機、防衛向け銃砲弾や産業用爆薬の企業である。
日本工機×はやぶさ2(メーカによる紹介ページ)

2.インパクタ衝突による人工クレータ生成

今回のクレータ生成は「S01」領域を第1候補としている。
既に3月6~8日にかけて、高度22mまで降下してこの領域を探査した。
続いて3月20~22日にかけて、クレータ生成前の表面を記録するため、高度約1.7kmまで降下しての探査を行う予定である。生成後は再び同様の探査を行い、画像を目視で比較してクレータの探索を行う手順となっている。

2-1.人工クレータを作る理由

なぜクレータを作る必要があるのか。それは、宇宙空間に晒されていない「新鮮な」リュウグウ内部の状態を観察し、可能ならばそのサンプルを採取することが科学的に意味があるからだ。
大気のない天体の表面は、太陽風や宇宙線、熱、宇宙塵や隕石の衝突によってによって風化する。これを宇宙風化と言うが、その結果、元々の岩石とは異なった色や成分になっていることが考えられる。いわば、日焼けした皮膚である。クレータを作って新鮮な表面を露出させるのは、日焼けさせた皮を剥いて、本来の肌に戻すようなものである。
「日焼け」状態の表面と「本来の」表面を比較すると、色や成分がどのように変わったかが解る。更にサンプルが採取できたなら、宇宙風化前の直接サンプルを初めて地球上に持ち帰ることになるのだ。

様々な密度・堅さの試料に弾丸を撃ち込み、クレータの出来方と形状を模擬した実験画像

2-2.クレータの形状

クレータがどのような形になるか、現在は解らない。その理由は、リュウグウの空隙率と、星を構成する石の強度が判らないからだ。みっちり詰まっていて堅い(空隙率が低く強度が高い)ならばクレータは小さくなり、スカスカで軽石のようである(空隙率が高く柔らかい)ならば、クレータは細く深くなってしまう。
密度や堅さは直接触って確かめないと分からないが、「はやぶさ2」が直接リュウグウに触ったのは2月22日のタッチダウンのみであり、それも計測器を積んでいるわけではないので、どちらもまだ分かっていないのだ。
どの程度表面を穿てば新鮮な層になるのか、正確なことは分からない(それを調べるのだ)。これまでの成果を基に予想は立てられており、表層が大きくかき混ぜられるようなことがなかったとすれば、以下の変成度であるだろうという。

・太陽風による宇宙風化:数ミクロン
・太陽光加熱による熱変性:数十㎝
・銀河宇宙線による宇宙風化:1m以下
・変性なし(新鮮な層):1mより深い

衝突装置・サイエンス担当である、千葉工業大学惑星調査研究センターの和田浩二主席研究員は「実際の小惑星に衝突装置を撃ち込んだ例はないので、どんな結果が出ても意味があり、嬉しいですね」と述べていたが、着陸が難しい形のクレータができたとしても失敗ではなく、人類初の科学的成果となるのだ。

ここまでの情報をまとめると以下の通り。
・人工クレータを作るのは、宇宙風化していない「新鮮」な小惑星内部の岩石を露出させるため
・クレータがどのような形になるかは、やってみないと分からない
・どんな成果が出ても、科学的には重要なデータとなる

3.まとめ

インパクタと、それによって作られるクレータについて述べた。
インパクタは、2kgの銅を、爆発の勢いで弾丸状に変形させて秒速2kmで小惑星に打ち出す装置である。
クレータを穿つ意味は、宇宙風化していない「新鮮」な表面を露出させ、これまで観測した風化後の表面と比較してデータを取ることにある。

次回は、インパクタ衝突の瞬間を撮影することを狙う分離カメラ、DCAM3について解説する。

(記事:金木利憲)