ギアナレポート 2日目前半(2018年10月18日午前)

まえがき

早寝しすぎて早く目が覚めた。ギアナレポートの一本目を書いて投稿すると、日の出が近い。カメラを持ってぶらぶらと海岸に出る。室内と外気の湿気差と温度差でレンズがあっという間に曇る。これはしばらく待たないとダメだなあ。
生まれて初めて見る大西洋からの日の出は、オレンジ色に輝いていた。

大西洋の日の出

もう寝直すような時刻でもないので、そのまま朝食に行く。

ここで、宿について書いておこう。今回報道関係者に割り当てられた宿は「Les Roches Resort」(ロシェ・リゾート)と「Les Manguiers」(モンギエ:マンゴーの意)の2箇所。とはいえ経営は同じ会社で、駐車場を挟んではす向かい、同じ敷地内に立つ、本館と別館のような位置づけだ。ロシェが本館、モンギエが別館である。モンギエに食堂はなく、朝食などはロシェに行くことになる。
とびもの学会の2名は、別館に部屋を割り当てられた。ここに来るまでにさんざんアリアンの広報さんに「人によっては廃校とか、やってるのかとか、小屋のようだとかおっしゃる方もおられるのですが……」と脅されていたので「存外まともじゃないか」という感想だったが、確かに本館と比べれば小さく薄汚れた建物で、「廃校」というたとえが最もしっくりくる。サイズ的にも、田舎の放置された廃校が一番近い。本館には門限がないが、別館は門限ありとなっている。

“本館”ことロシェ。立派な車寄せ、翻るアリアンスペースの旗、熱帯の鳥の看板。リゾートホテルだ。
“別館”ことモンギエ。とびもの学会取材班は2名ともこちらに割り当てられた。

室内は、エアコンが寒いくらいに効いている(温度設定を25度にする→帰ってくると15度に! という攻防が、最終日まで繰り広げられたのだった)が、湿度は高いまま。
調度品などは部屋によって差があった。一番違うのはテレビとイスで、私の部屋は

・テレビなし(配線だけはあった)→翌日登場! しかしリモコンがないので操作できず
・イスはただのクッションなし木箱

という環境だったが、しない氏の部屋は

・テレビあり(ちゃんと写るぞ)
・イスは背もたれ付きの普通の木の椅子

であった。その他、ベッドのサイズや冷蔵庫、エアコンの仕様は同じであった。風呂はシャワーブースのみ。
冷蔵庫には500mlの水のペットボトルが2本入っており、毎日使った分が補充された。パリは水道水が飲めたが、こちらはわからないので、このサービスはありがたかった。

部屋の中
部屋の中

さて、朝食である。期待していたとおりのトロピカルフルーツのおいしさ。他も悪くない。普段は朝食を食べないのだが、今回は体力勝負だというのが目に見えているのでしっかりと食べる。

美味しく食べて、ビシバシ働こう~

食後に部屋に戻って準備を整え、バスに乗り込みいざ出発。今日は以下の取材を行う予定だ。

1. アリアン5ロールアウト
・最終組立棟(VAF)扉開放
・VAF近接撮影
・機体移動
2. コントロールセンタ内部見学
3. VIL見学
4. アリアン6射点見学
5. 随時関係者インタビュー

VAF扉開放

ギアナ宇宙センター内の何重ものセキュリティチェックを通過して、到着したのはVAFが見渡せる草原。よく手入れされた芝生だろう。充分に余裕を持って到着したので、撮影準備も落ち着いてできた。
VAFすなわち最終組立棟とは、1・2段およびブースタが結合された状態のアリアン5を搬入し、別途準備されたペイロード及びフェアリングとを取り付ける建物である。ロケットは発射台の上に立てた状態で置かれており、その発射台ごと移動して射点に向かう。
扉は4分割された縦開きの引き戸で、下から順番に開けていく。全て開けきるまでの所要時間は10分ほどだ。

撮影時の距離感はこのくらいである。

開放を見たら、今度はVAFのすぐ近くまで移動。バス内でヘルメットとガスマスクを渡される。VAF見学中はヘルメットは常時着用、マスクは常に携帯していろとのこと。
どのぐらい近いかというと、建物に触れる距離。
ロケットはほんの数メートル先に立っていて、間を隔てるのはただ空気だけ。日本ではあり得ない近さである。しかも写真撮影が可能。種子島のVABは、扉が開いているときは撮影禁止なのに……。
VAFから射点までは2組のレールで結ばれている。このレールの上をロケットは牽かれていく。牽引するのは大型トラック。こちらはゴムタイヤだ。ロケットに比べればずいぶん小さいのだが、その見た目に反してしっかりと役目を果たしている。

ロケットを前に取材にいそしむ日本報道陣
牽引用フック。右がロケットが載っていない時、左が載っている時に使用するもの。
個人的に好きな構図
ローンチテーブル(移動式発射台)牽引用トラック

 

下から見上げてみる

 

人との対比。

 

アンビリカルタワーがよく見える

 

アンビリカルケーブル部をアップで。複雑な配管だが綺麗に収められている。
アンビリカルと機体の結合部

 

フェアリングをアップで。

 

ブースタとコア機体の結合部

ここで更にスペシャルな見学が。VAFの中に入れるというのだ。ロケットが今まさに格納されているその建物である。しかも撮影OK。なんということだ、ロケット直下まで行けると言うことではないか、とても嬉しい。
通路が狭いので3人ずつの見学となった。バルブが手を伸ばせば届く位置に、移動発射台もそんな位置に。見上げれば発射台の隙間からロケット本体が見える。配管が、電纜が、色が、形がよく分かる。発射台は打ち上げ写真にも写り込んではいるが、裏側や下面はわからないし、細部が見えるわけではない。知りたかったものが目の前にあるのだ。ここぞとばかりに質問をし、写真を撮りまくる。
今回の取材では、予備知識を入れておくことと、許可されたものはとりあえず撮っておくことの重要さを痛感した。時間は短く、目の前のものが何であるかをその場で知るその時間が惜しい。前提を飛ばして質問できれば、より深い内容が聞けるし、撮っておけばそれが何であるかを後日調べることができ、記憶の補強にもなるからだ。

VAF内部:バルブと配管とメーター

 

VAF内部:車輪と台車がよく分かる

 

VAF内部:バルブと配管

 

VAF内部:ローンチテーブルの隙間からロケットを見る

ロールアウト

VAF取材が終わると、ロールアウト(機体移動)開始直前までセンター内のアリアンスペースの社屋に移動してしばし休憩。エアコンと水が嬉しい。
そろそろだということで、バスに乗って取材地点まで移動……ほぼ路上である。
機材を展開し、開始を待つ。やがて、VAFから白い機体が姿を現した。全ての準備を終えたロケットと対面する、もっともわくわくする瞬間である。直立したアリアン5ロケットはゆっくりとしかし着実に、レールの上を射点へと向かって進んでいく。500mほど離れているために音は聞こえない。青い空、濃緑の木々、茶色い土、そしてそれらの色に染まらぬ純白の機体。なんと美しいロケットであろうか。
15分ほどで撮影ポイントを変えるよう促される。先ほどはほぼ路上であったが、今度は本当に路上である。警戒態勢に入っているために車は通らない。

一番の見どころは、今自分が立っている道路をロケットが横切る瞬間である。機体が上から下まで完全に見え、牽引の車も見える。この時に合わせて、後ろに止まっていた警備の車がやおら発進し、ロケットに近づく。一番いい瞬間を近くで見たいのだろう、役得だ。

撮影準備風景
移動開始
道を横切る
道を横切る
エンジン部分アップ。陽炎で揺らめいている。
ロケットを見る人
ロケットが道路を横切る「踏切」。通常の踏切とは異なり、線路側に柵がある。

しばらくすると木々に隠れて見えなくなった。移動はまだ終わらないが、別の場所に移動する。
案内された先は、先ほど休憩したアリアンスペース社屋の屋上である。そこでは日欧のベピ・コロンボの責任者やロケット側のマネージャ(エアバス社)、ヨーロッパ側のサイエンスマネージャなどそうそうたるメンバーが、実に楽しそうにロールアウトを見ていた。この場で、移動するロケットを背景にしながら、ペイロードの重鎮達にインタビューをする。素敵に贅沢なひとときである。

肩越しにロケットがゆく
日欧の重鎮、背景にアリアン5

とびもの学会からは、このような質問をしてみた。
「ベピ・コロンボは電気推進エンジンを積んでいます。日本の宇宙開発ファンは、電気推進エンジンと聞くと、どうしても「はやぶさ」のイオンエンジンと比べてしまいますが、その違いや性能差、採用した理由を聞かせて下さい」
その答えは
・カウフマン型イオンエンジン(UT-6系列)である
・燃料は「はやぶさ2」のイオンエンジンと同じキセノンであるが、大推力である
・実績がある形式である
というものだった。はやぶさ2のイオンエンジンはマイクロ波を用いてキセノンをプラズマ化し、ベピ・コロンボのイオンエンジンはカウフマン型電子銃を用いてプラズマ化する。はやぶさ2のイオンエンジンは1台あたり10mN(最大3台を動じ運転できるので、30mN)の出力なのに対し、ベピのイオンエンジンは40~230mNと、非常に大きい。
日本でもカウフマン型イオンエンジンの研究をしていなかったわけではない。1991年には航空宇宙技術研究所(NAL)の研究者によって論文も発表されている。
宮崎, 勝弘、早川, 幸男、北村正治「12cmカウフマン型キセノンイオンエンジンの実験的研究」
https://repository.exst.jaxa.jp/dspace/handle/a-is/24417
だが、実用化に達したのはマイクロウェーブ型であった。
ベピ・コロンボに搭載されたイオンエンジンUT-6は、インマルサット社の静止通信衛星「Alphasat I-XL」(アルファサット)で実績のあるエンジンである。

非常に興味深い話題も多く、取材はどうやらプレスツアーの予定時間をだいぶ超過してしまったらしい。しきりに促されてその場を離れる。

これで午前の行程は終わり。やっと昼食である。密度が濃かった。多くのものを頭に突っ込まねばならなかったために既に少々オーバーヒートしているが、クールダウンして午後に繋げようと思う。
後編に続く
(記事:金木利憲)