2025年6月2日、宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)、三菱重工業株式会社(以下、三菱重工)、三菱電機株式会社(以下、三菱電機)は鹿児島県の種子島宇宙センター第2衛星フェアリング組立棟(SFA2)で、新型宇宙ステーション補給機(以下、HTV-X)1号機を公開しました。


HTV-Xは国際宇宙ステーション(以下、ISS)への補給に用いられる無人補給機で、『こうのとり』の愛称でも知られているHTV(H-II Transfer Vehicle)の後継機です。
昨年(2024年)12月には神奈川県にある三菱電気 鎌倉製作所でサービスモジュールが公開されましたが、今回は全てのモジュールが結合した状態で公開されました。
全長約8メートル、直径約4.4メートル、打上げ時重量約16トンの大きな姿はとても迫力がありました。
HTV-XはISS船内に搬入する物資のみならず、船外に取りつける実験機器のような大きな物資も輸送できるのが特徴の一つです。このような物資は曝露カーゴと呼ばれる部分に搭載されます。搭載機器はおおよそ打上げの18か月前に決定され、2.5か月前までに曝露カーゴに搭載されます。現在、2号機への搭載機器の選定も進められています。
ISS船内に搬入する物資は円筒形をした与圧モジュール内の与圧カーゴに搭載されます。HTVから引き継がれた特徴にレイトアクセスという打上げ直前に物資を格納できる機能があります。レイトアクセスの期限もHTVの打上げ80時間前から24時間前までとなり、より直前まで物資を搭載できるようになりました。
また、与圧カーゴ内に冷凍庫を搭載することで温度管理を必要とする物資も搭載することができます。
サービスモジュールはHTV-Xのスラスタといった推進系と、電源や通信などの電気系を集中して管轄する機能を持っています。HTVでは太陽電池が機体全面に張られていましたが、HTV-Xではサービスモジュールから太陽電池パドルが展開します。



電力供給試験のためのケーブルが繋がれていた


HTVではISSへの物資の搬入が完了し、ISSから出た廃棄物を搭載してISSを離脱した後は大気圏に再突入してミッションを完了していました。一方HTV-XはISS離脱後に最長で1.5年の軌道上飛行を行いながら様々な技術実証ミッションを行う事ができます。
HTV-X 1号機では以下のミッションが予定されています。
・超小型衛星放出 H-SSOD(HTV-X Small Satellite Orbital Deployer)
HTVでも与圧部の物資として超小型衛星(キューブサット)を搭載していました。ISS船内に搬入されたキューブサットは衛星放出機構に格納の上エアロックから船外に出し、ロボットアームを用いて放出していました。HTV-Xではキューブサットを納めた衛星放出機構をサービスモジュールの与圧モジュールアダプタ外部に取り付け、ISSより高い高度から放出します。この事によりISSから放出するより衛星の運用期間を長くすることが期待されます。6Uサイズ(約30cm×20cm×10cm)キューブサット放出ケースを最大4基の搭載可能です。
1号機には日本大学の『てんこう2』が搭載される予定です。公開時には残念ながらH-SSODは搭載されていません。
・軌道上姿勢運動推定実験 Mt.FUJI(MulTiple reFlector Unit from JAXA Investigation)
Mt.FUJIは与圧モジュール外部に取り付けたレーザー測距用小型リフレクターです。地上から照射しMt.FUJIに反射して返ってきたレーザー光を観測することでHTV-Xの姿勢や運動を推定し、その結果と実際の姿勢運動を比較することで測距精度の検証をする実験を行います。昨今問題になっているスペースデブリ対策のため、地上からの観測でスペースデブリの挙動を予測するためにも役立つ実験です。
・展開型軽量平面アンテナ軌道上実証 DELIGHT(DEployable LIGHtweight planar antenna Technology demonstration system)
・次世代宇宙用太陽電池軌道上実証 SDX(Space solar cell Demonstration instrument on HTV-X)
大型のアンテナや太陽光発電衛星など、将来の大型宇宙構造物の構築に向けた技術実証として展開型軽量パネルを軌道上で展開します。展開するパネルには軽量平面アンテナを搭載し、地上局からの電波受診レベルの計測を行います。また、展開型軽量パネルにはSDXも搭載し、対放射線や低コスト化が期待できる次世代宇宙用太陽電池の計測を行います。
結合された状態で公開されたHTV-Xですが、打上げに向けた準備作業で与圧カーゴが外されます。外された与圧カーゴには物資を搭載、サービスモジュールにはスラスタの推薬を充填後、再度結合されフェアリングに収められます。レイトアクセスは打上げ24時間前まで可能ですので、その時にはHTV-Xはフェアリングに収められ、H3ロケットに搭載された状態です。
HTV-Xの運用を担う筑波では運用システムが既に完成し、2025年度中に予定されている打上げ後の運用に向けた訓練が続けられています。

記者説明会ではJAXA有人宇宙技術部門 新型宇宙ステーション補給機プロジェクトチーム 伊藤徳政 プロジェクトマネージャからHTV-X開発で苦労した点と、今後の意気込みを聞くことができました。
「開発を進めていた約9年の間、HTVが成功し続けていたので、その結果を反映と引き継ぎ全体的にはうまく開発できたと思っています。HTVから形態が変わり、新しい要素もあるので細かい不具合は常にありました。『地上で起こった不具合はたくさんあった方が軌道上ではうまくいく』という先輩の言葉を励みに開発を進めました」
「HTV-X 1号機は確実に成功させると自信を持って言えます。政府の宇宙基本計画では5号機まで計画されていますので、5号機まで確実に成功させてHTVに続いてHTV-Xのレガシーを確立したいという意気込みが強いです」
HTVの愛称『こうのとり』は公募により選ばれましたが、HTV-Xの愛称を募集することは考えていないとの事です。公募、部内での決定を問わず、何かしらの形で愛称が付けられることを期待したいところです。


右写真 左から
三菱電機 鎌倉製作所 宇宙インフラシステム部 鵜川 晋一 次長 兼 HTV-Xプロジェクト統括
JAXA有人宇宙技術部門 新型宇宙ステーション補給機プロジェクトチーム 伊藤 徳政 プロジェクトマネージャ
三菱重工 防衛・宇宙セグメント 宇宙事業部 技術部 藤原 哲 主席プロジェクト統括(ISS・宇宙探査プロジェクト)
ある宇宙飛行士は、ISSからHTVを見て”beautiful golden shiny vehicle”(金色に輝く美しい宇宙船)と言ったそうです。HTVのミッションを受け継ぐHTV-Xですが、ISSの窓から見た姿はどのように映るのか、今から楽しみです。
文:樋口厚志
写真:渡辺祥馬、樋口厚志