はじめに
2018年8月26日(日)16時(日本時間)、JAXA種子島宇宙センター竹崎固体ロケット試験場で、SRB-3実機型モータの地上燃焼試験が行われた。
JAXA発表によれば、試験時の天候は晴れ、気温は29.1℃、モータの燃焼時間は110.1秒、最大推力は2137kN、最大燃焼圧力は10.7MPaで、予定したデータを取得し良好に終了したとのことである。
1.H3ロケットとSRB-3
SRB-3は現在開発中の次期基幹ロケット、H3ロケット用固体ロケットブースタとして用いられる予定であり、今回が初の地上燃焼試験となる。
SRBは”Solid Rocket Booster”すなわち「固体ロケットブースタ」を意味し、3は第3世代を意味する。H-IIロケット用のSRBが第1世代、H-IIA・H-IIBロケット用のSRB-Aが第2世代である。
H3開発において、SRB-3はメインエンジンのLE-9と同等の重要な開発要素として位置づけられている。それは、ロケット本体に装着する数を調整することで打ち上げ能力の調節を図り、シリーズ化を行うためである。この手法は世界的によく見られるものであり、例えばアメリカのデルタIVシリーズはブースタの有無と数を変えることで5段階の打ち上げ能力調整ができるようになっている(図2)。
H3はSRB-3の数を0本・2本・4本と切り替え、更に1段目のエンジンの数を2基/3基と切り替えることで、従来よりも細かく打ち上げ能力を調整できるようにする計画である(図3)。
具体的には第1段エンジン3基でブースタ0本(H3-30)、第1段エンジン2基でブースタ2本(H3-22)、第1段エンジン3基でブースタ2本(H3-32)、第1段エンジン2基でブースタ4本(H3-24)の4種類の構成を取る。
なお、現行のH-IIAロケットはSRB-Aを2本・4本装着するようになっており、2段階調整である。(廃止されたSSBを用いていた時代は4段階であった。H-IIBを派生形と考えるならば、更に1種類増える)
H3ロケットとH-IIAロケットの最大の違いは、「ブースタがなくとも離陸できる」という点である。これまでの日本の大型液体ロケット――N-I、N-II、H-I、H-II、H-IIA、H-IIB――はいずれも1段目のメインエンジンの出力が小さく、打ち上げのためにはブースタが必須であった。H3は1段目に装着される3基のLE-9エンジンのみで離陸することが可能となるのである。
2.大きさはほぼ同じだが新設計
SRB-AとSRB-3はよく似た規模である。SRB-Aは直径2.5m、全長14.6m、推進薬量約66.9t。SRB-3は直径2.5m、全長15.2m、推進薬量65.9t。僅かな全長の違いはあるが、これはノーズコーンの形状の違いに拠るところが大きく、推進薬(火薬)を詰めるモータケースのサイズはほぼ同じである。推進薬については、従来の結着剤(バインダー)の生産終了に伴って新しいバインダーを採用することになるが、ほぼ同じ特性のものを開発しており能力的にも似通っている。開発においても、SRB-3は、SRB-Aの改良型であるとの位置付けである。(実際にはわずかに能力は向上している)
だが、実体を見てみればSRB-3はゼロから図面を起こした完全な新規設計であり、サイズも能力もよく似た別物と考えるのがふさわしい。
JAXA提供の資料(図4)を基に、SRB-AとSRB-3が大きく異なる点を3つ紹介する。
一つ目はモータケースが国産化されたことである。
H-IIAで用いられているSRB-Aは、モータケースの製造に炭素繊維強化プラスチック(CFRP)のフィラメントワインディング法を採用した。このためH-IIのSRBで採用されていた高張力鋼に比して軽く丈夫なケースとなって構造の簡素化や打ち上げ能力向上に貢献した。
しかし開発期間の短さなどによって国産化はせず、アメリカから技術導入を行うこととなった。このため、製造メーカは日本企業であっても、製造においてはライセンス料を支払うこととなった。また、機械も米国のものを導入していた。キー技術であるモータケースの製造を外国に握られていては、設計や改良の自由度が低い。ここを国産化して、自らの技術として持つというのは長年の願いであったのだ。
二つ目は固定ノズル化である。
SRB-3では、ノズルスカートを固定とした。設計時のシミュレーションの結果、H3の1段目の首振りのみで充分に姿勢制御ができることが分かったためである。
将来的にはイプシロンロケットの1段目もSRB-3が適用される計画となっているが、その際には可動ノズル化して使用することとなっている(図5)。
三つ目は本体との結合、および分離方法の変更である。
SRB-Aはアメリカの既存モータをベースに設計されており、推力伝達に伴う集中荷重に限界があった。そのためロケット本体には2箇所で推力を伝達することとした。1点で推力を伝えるのが最も単純な構造なのだが、それではモータケースの強度が足りず、モータ側の推力伝達ポイントを2箇所に分散して力のかかりすぎを防ぐ設計を採った、ということである。そのためスラストストラット方式を採用することとなった。
SRB-3では、当初から1箇所に荷重が集中することを前提に設計を行い、モータ下部にある「スラストピン」という直径およそ20cm強の金属のごく短い円形の突起を本体側の受け口に差し込んで推力を伝達する方式を採用した。これに伴って結合・分離構造がシンプルになり、部品点数の削減や軽量化につながっている。例えば、火工品は従来8点だったものが3点に削減されている。分離方法も、従来のスラストストラットの結合部を分離ボルトで切り離す方式から、ガス圧ピストンによって分離スラスタを押し出す方式(分離ボルトは使わない)に変更されている。
3.今後の試験スケジュール
今回得られたデータを解析し、必要な改良を加えた上でより完成形に近い認証型モータを製作し、試験を続行する予定である。
SRB-3は今回の試験を含めて全3回の燃焼試験が予定されている(図6)。
1.実機型モータ(PM):今回実施。着火特性、燃焼特性、断熱材特性のデータを取得するのが目的。設計の妥当性を評価し、必要に応じて実機設計に反映する。固定ノズル。
2.認証型モータ(QM1):2019年度前半実施予定。フライトと同等仕様にて試験を行い、設計の妥当性を確認することを目的とする。イプシロンロケット1段目との共通設計による開発の結果を確認するため、可動ノズルを使用する。
3.認証型モータ(QM2):2019年度後半実施予定。フライトと同等仕様にて試験を行う。QM1の再現性確認という位置づけ。固定ノズル。
実機型・認証型という名称がややこしいが、実機型は「同サイズで作って燃焼試験に供するモデル」、認証型は「実機型の試験結果を反映した、よりフライト品に近いモデル」と位置づけられる。自動車で例えるならば実機型は完全な試作、認証型は型式認定のための公道走行モデルとなる。
4.試験実施まで
試験は当初8月25日(土)に予定されていたが、風向きが悪く延期となった。先だって実施されているH3ロケット1段目用の液体ロケットエンジンLE-9は燃焼時に水蒸気を発生するだけだが、固体ロケットエンジンは燃焼時に塩素ガスとアルミナの粉末が発生する。塩素ガスはすぐに散ってしまうが、アルミナ粉末は地上に降る。無害ではあるのだが、洗濯物に付着したり車に積もったりすると掃除が大変になる。そのため、海から地上に風が吹いているときは、基本的に実施できない。
実施前記者会見では、H3プロジェクトプロジェクトマネージャの岡田氏が、風向きが良くないことに触れた後「神風が吹くように祈って下さい」と言っていたのが印象的だった。
26日の試験日もまた海から陸への風であったが、森などアルミナ粉末が降っても影響が少ないエリアに向いていたため実施可能と判断された。
5.試験の様子
風は南南東からのゆっくりとした海風。空は白い雲が4割ほど浮かぶ晴れ。日差しが肌に痛い。実施3分前に予告サイレンが鳴るはずだったが、風向きのせいか機器の不具合のためか、試験場の南側にある報道席からは聞こえなかった。
北側の海岸からは聞こえたとのことだったので、やはり風向きだったのだろう。
開始10秒前に広報職員が時間通り実施する旨告げたので、慌ててカメラに戻って待機。点火と同時にシャッターを切った。
もくもくとやや黄色がかった煙が立ち上る。噴射の勢いによってフレームデフレクタのコンクリートが剥がれて飛んで海に落ちる。他にも周囲の土手の土やゴミなども飛んでいく。音量は予想よりも小さい。
剥がれたコンクリート片が飛んでいくのが写っていた
モータと私の間に土手があること、スプリンクラーの放水によって音がいくらか吸収されたためだろう。
風に流された噴煙が高くたちのぼり、ゆっくりと陸に向かって流れていく。およそ2分で燃焼終了。すっぱりと煙が切れるわけではなく、徐々にフェードアウトしていった。
今回は2人体制での取材だったため、報道席(南側)と海岸(北側)からの撮影を行った。
報道席(試験場南側)より | 海岸(試験場北側)より |
控え室に戻って1時間半ほど待機した後に、試験場の見学となった。つい先ほど試験を実施したばかりの試験場は強い塩素の匂いがした。コンクリート舗装はノズルスカートを頂点とした末広がりの形で白い粉が付着し、その先、海岸と試験場を隔てるフレームデフレクタの上部のコンクリートが薄く板状に剥がれているのがわかる。先ほど飛んでいったのはここの部分だろう。
試験場では供試体を背景に岡田プロマネの記者会見が行われた。燃えがらを背景に、分かりやすくネガティブな単語を使わず、一語一語明確に語るところに試験への自信と、大きなプロジェクトを率いていく力強さが感じられた。
直前まで実施かどうかやきもきしていたためもあってか、記者会見は和やかな雰囲気で、最後には報道陣からの温かい拍手で締めくくられた。
会見後のぶら下がりで、H3ロケットの模型を手に楽しそうにロケットのコンセプトについて語る岡田プロジェクトマネージャが印象的であった。
(記事:金木利憲)