宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)は2024年1月23日、鹿児島県にある種子島宇宙センター内の第3衛星フェアリング組立棟(SFA3)で、H3ロケット試験機2号機のフェアリングとペイロードを公開しました。
H3ロケット試験機2号機には『だいち4号』(ALOS-4)が搭載される予定でした。しかし、試験機1号機の打上げ失敗により『だいち3号』(ALOS-3)を失ったことを受けて『だいち3号』と同等の質量特性をもつ性能確認用ペイロードを搭載して試験機1号機と同様の飛行経路で打上げる事になりました。
また、公募により選定された小型副衛星2機も同時に打上げられます。
フェアリングとペイロードが公開された第3衛星フェアリング組立棟は人工衛星の大型化、複数化、年間多数打上げに対応するため新たに整備されたもので、H3ロケット試験機2号機の打上げが本格的に使用される最初の機会となりました。
打上げ時に設定される射点から半径3kmの警戒区域外に整備されているのが特徴で、宇宙センター外から警戒区域を通らずアクセスできるよう新しい道も整備されています。取材陣を乗せたバスも報道センターがある竹崎展望台から宇宙センターの外を出て、この道を通りました。
性能確認用ペイロードの『VEP-4』(呼称:ヴェップ・フォー)は三菱重工業株式会社が製造。『だいち3号』の質量を再現し、試験機1号機では出来なかった衛星分離の試験を行います。ロケットに搭載される時は縦置きで、その高さは約3.5m、質量は約2.6トン。純粋なアルミの塊で、『だいち3号』の質量を再現する以外の機能はありません。
帽子のつばのようにわずかにはみ出た部分には、衛星分離部(PAF)と固定するクランプバンドが巻かれます。分離時にはクランプバンドが外れ、ばねの力で放出されます。
前述の通り『VEP-4』はアルミの塊のため、ストッパボルトにより衛星分離部から約1cm離れるだけで、ロケットからは完全には分離されません。また、分離すると質量約2.6トンの物体が不安定な状態でロケットと接続することになり、この状態でエンジンを燃焼させると悪影響が出る恐れがあるため、分離は最後の燃焼である第2段の軌道離脱燃焼が終わった後に行われます。
この上にPAFと『VEP-4』が乗る
最終的に『VEP-4』はスペースデブリと呼ばれる宇宙のごみにならないよう、ロケットの第2段と共に大気圏に再突入し、その役目を終えます。
小型副衛星の『CE-SAT-ⅠE』(呼称:シー・イー・サット・ワン・イー)はキヤノン電子株式会社が開発した衛星で、大きさは約50×50×80cm、質量は約70kg。キヤノン株式会社のEOS R5とPowerShot S110の2台のデジタルカメラが搭載され、EOS R5には口径40cmの反射望遠鏡が取り付けられています。これらのデジタルカメラはイメージセンサだけではなく市販品同様のボディが搭載されていて、反射望遠鏡もEOS R5に直接マウントされています。これらのデジタルカメラを用いて地表と天体の撮影を行い、リモートセンシング事業に向けた実証実験を行います。
『CE-SAT-ⅠE』には軌道離脱装置というものが搭載されています。これは衛星の実証試験終了後に縦横2.5mの薄幕を展開することで高層の希薄な大気を捉え徐々に高度を落とし、最終的には衛星を大気圏に再突入させる装置です。運用が終了した人工衛星もスペースデブリの一部ですが『CE-SAT-ⅠE』はそうならないよう工夫がされています。
上部の白い部分は反射望遠鏡のカバー
軌道離脱装置は底面にあるため見えない
もう一つの小型副衛星『TIRSAT』(呼称:ティー・アイ・アール・サット)は一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構、セーレン株式会社、株式会社ビジョンセンシング、株式会社アークエッジ・スペースが開発した衛星で、大きさは約12×12×38cm、質量は約5㎏。この大きさは、10×10×10cmの小型衛星キューブサットの3つ分の大きさであることから3Uと呼ばれます。
小さな衛星ですが3軸の姿勢制御を行い、熱赤外センサを地上に向けて赤外線を観測します。目的は工場の熱源を感知し稼働状況を把握することです。世界規模の新型コロナウイルス感染症拡大をきっかけに、国際的なサプライチェーンの寸断リスクが浮き彫りとなりました。このリスクを察知するために人工衛星による情報収集技術を実証します。
4面にある太陽電池パネルは写真の右側をヒンジとして
十字型に展開する
『TIRSAT』の衛星放出機構として有限会社オービタルエンジニアリングにより『3U POD』も合わせて開発されています。火工品を使わないことで放出時に衛星にかかる衝撃を抑えていること、放出ドアと本体をCFRP製として軽量化していることが特徴です。3U、2Uの衛星なら1機、1Uの衛星なら3機を搭載できます。
フェアリングは川崎重工業株式会社が開発と製造を担当。試験機1号機と同じショート形態で、長さ10.4m、直径5.2m。向かって左にJAXAとH3のロゴが描かれているのも試験機1号機と同じですが、向かって右には「RTF」(Return To Flight、飛行再開の意味)の文字が書かれており、文字の中には公募されたH3への応援メッセージがびっしりと書かれています。
フェアリングの前でH3プロジェクトチームの岡田匡史プロジェクトマネージャが取材陣からの質問に答えていただきましたので、いくつか紹介します。
問:応援メッセージについて
「試験機1号機の時もそうでしたが、何度も読み返しています。ロケットの燃料は液体酸素と液体水素ですが、我々の燃料は皆さんからのお声です。皆さんからのお声を頂けるなら我々も頑張れるという思いです」
問:2機の小型副衛星について
「手を挙げていただいたことに感謝しています。ミッションの第一は試験機1号機の再挑戦だと思っていますが、更に価値のあるミッションを2つも乗っていただくことになりました。小型ですが意義の大きい衛星ですので、無事に宇宙に送り届けたいと思っています」
問:「RTF」とフェアリングに書くことは誰が発案したのですか?
「難しいですね。何となく、自然醸成的にそうなりました。ただ私は『RTF』だなと思っていましたが、意見は言いませんでした。みんなの気持ちもそうだったのだなと思います。ここは元々ミッションロゴを描くところですが、今回のミッションは『Return To Flight』ですから自然かなと思います」
「私は『Return To Flight』という言葉の他に『Retry of Test Flight』とも言っています。『Return To Flight』はスペースシャトル コロンビア号の空中分解事故で飛行が中断した後の再開時に言われた言葉ですが、H3はまだ一回も成功していないことから、『再開』ではないと若干違和感を感じているので時々心の中で言い換えています。日本語に直すと『再挑戦』です」
H3ロケット試験機2号機の打上げは2024年2月15日の予定です。3つのペイロードと2931件の応援メッセージを乗せ、再び宇宙へ挑戦します。
(文:樋口厚志)