小型月着陸実証機『SLIM』機体公開取材

宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)は2023年6月4日、鹿児島県にある種子島宇宙センター内の衛星フェアリング組立棟で、小型月着陸実証機『SLIM』の機体を公開しました。

小型月着陸実証機『SLIM』

『SLIM』は2023年8月以降にH-ⅡAロケットで打ち上げられる予定で、日本で初めてとなる月面着陸を目指します。
これまでの日本の宇宙機では『ひてん』『かぐや』(および、それぞれの子衛星である『はごろも』と『おきな』『おうな』。『はごろも』は月周回軌道投入は推定のため月面到達も推定)が月面に到達していますが、いずれもミッションを完了した後に衝突させたもので、月面到達自体は当初の目的に含まれていませんでした。また、着陸方法は衝突に近いものの超小型の月着陸機『OMOTENASHI』は月面に到達できず、民間企業ispaceによる『HAKUTO-R』ミッション1着陸機の着陸失敗も記憶に新しいところです。
世界的に見ても月面着陸を成功させている国は旧ソ連、アメリカ、中国の3か国しかなく、インドとイスラエルは着陸に失敗していることからも難しさが伺えます。

このように簡単ではない月面着陸ですが、『SLIM』はただ月面着陸するだけではなく、さらに2つの目的を掲げています。
1つは月へのピンポイント着陸技術の実証を目指すことです。従来は数kmから10数km単位だった着陸地点の精度を100m単位まで上げることを目標としています。月探査の進展により、最近ではただの月の石ではなく月の特定の場所の石の情報が求められるようになりました。それに応える技術がピンポイント着陸です。

右寄りにある四角いフレームに囲まれた5つの張り出しが脚

ピンポイント着陸を達成するために鍵となる技術が、画像照合航法と自律的な航法誘導制御です。画像照合航法により、撮影した月面の画像を基に現在位置を測定し修正することで着陸地点の精度を向上させます。また、着陸地点周辺で障害物を検出した場合は、自律的な航法誘導制御で危険な岩などを避け安全に着陸させます。
『SLIM』の着陸地点として選ばれた『神酒の海』付近のSHIOLIクレーター近傍は15度ほどの斜面であることから、二段階着陸方式という着陸方法が採用されました。このことは『SLIM』の外観にも影響を及ぼしています。
多くの月着陸機は着陸のためのエンジンがある面に脚がありますが、『SLIM』はエンジンとは別の面に脚があります。エンジンを用いて垂直に降下するのは他の月着陸機と同じですが、『SLIM』は接地する直前に脚がある面が月面に向くよう機体を少し傾け主脚を接地、そのまま倒れ込むようにして前補助脚を接地させることで斜面でも姿勢を安定させるのです。斜面に降りて倒れそうなら、最初からわざと倒れるようにすれば最終的に姿勢は安定するという考えです。

なお、SHIOLIクレーターは『SLIM』が歴史のターニングポイントに挟まれる栞(しおり)となるように願いを込めて命名されたものです。

二段階着陸方式の流れ(画像:JAXA)

もう1つの目的は軽量な月惑星探査機システムを実現し、月惑星探査の高頻度化に貢献することです。
小型軽量の探査機であれば少ない予算で製造することができ、打ち上げるロケットも別の衛星と相乗りという形にすればさらに予算を圧縮できるので打ち上げ機会を増やすことが期待できます。『SLIM』も『XRISM』(X線分光撮像衛星)という衛星と相乗りして打ち上げられます。
『SLIM』は縦に長い俵型の推進剤タンクが機体を支える主構造を成し、各機器を推進剤タンクの外側に貼り付けるように配置することで構造の軽量化を図っています。外観からも太陽電池パネルがある面の膨らみで推進剤タンクの場所を確認することができます。

左:坂井 真一郎 JAXA SLIMプロジェクトマネージャー
右:小倉 祐一 三菱電機株式会社 SLIMプロジェクトマネージャー

『SLIM』は着陸直前の高度1.8mで『LEV-1』と『LEV-2』(愛称『SORA-Q』)の2つの小型プローブを分離、着陸後は分光カメラによる岩石の組成分析を行う予定です。『LEV-2』は玩具会社との共同開発で話題になったこともあり、目や耳にしたことがある方もいるかも知れません。上記2つの目的のほかに、これらの成果も期待したいところです。

『SLIM』に搭載された『LEV-1』。『LEV-2』は『LEV-1』の奥にあるため外から見ることはできない

種子島宇宙センターでの取材を終えて帰ろうとしたときにJAXA職員の一人が、『SLIM』公開日の2023年6月4日はちょうど満月であることを教えてくれました。公開は本来6月2日に予定されていましたが、折しも接近した台風2号の影響で延期になっていたのでした。
欠けたところのない満月のように、『SLIM』のミッションも円満に終わることを願ってやみません。

『SLIM』公開前日、種子島の熊野海岸から見る月

(文:樋口厚志)