X線分光撮像衛星『XRISM』機体公開取材

宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)は2023年7月21日、鹿児島県にある種子島宇宙センター内の第2衛星組立棟で、X線分光撮像衛星『XRISM(クリズム)』の機体を公開しました。

X線分光撮像衛星『XRISM』

『XRISM』はX-Ray Imaging and Spectroscopy Missionの頭文字を繋げたもので、クリズムと読みます。また、分光に使用するプリズムともかかっていることも選考の理由となっています。プロジェクト立ち上げ当初はX線天文衛星代替機とされていましたが、いつまでも代替機では後ろ向きであること、今度は是非ともこのミッションを成功させたいとのことからNASAと開発初期に名称を協議して名付けられました。

『XRISM』は2023年8月26日午前9時34分57秒(日本標準時)にH‐ⅡAロケットで小型月着陸実証機『SLIM』と相乗りで打上げられる予定です。(天候の悪化が予想されることから2023年8月28日午前9時26分22秒へ延期となっていましたが、上空の風が打上げ時の制約条件を満たさないため、打上げ中止となり、現在打上げの日程は未定となっています。)

前身となる『ASTROーH(以下、ひとみ)』は2016年2月17日に種子島宇宙センターより打上げられましたが、3月26日に姿勢制御系の不具合により通信途絶、4月28に復旧を断念しました。『ひとみ』はゲートバルブを開くまで至っておらず、0.3keVのX線の観測まではなしえなかったようです。

『XRISM』には、軟X線分光装置(RESOLVE)と軟X線撮像装置(XTEND)の2種類の計測機器が搭載されており、各々にX線望遠鏡が設置されています。

軟X線分光装置(RESOLVE)はX線望遠鏡の焦点に6×6画素のX線マイクロカロリメータアレイを搭載した精密分光器で、これまでにないエネルギー分解能を0.3ー13keVの広い観測帯域で実現しています。マイクロカロリメータは検出器に入射したX線光子1個1個のエネルギーを素子の温度上昇として観測します。断熱消磁冷凍機、超流動ヘリウム、機械式冷凍機、それらを格納する真空断熱容器により検出器を-273.1℃(絶対温度0.05度)に冷却することで高分解能分光を実現しています。

軟X線撮像装置(XTEND)はX線CCDカメラで軟X線(0.4-13keV)帯で撮像、分光を同時に行います。厚い空乏層や裏面照射型CCDを採用し、従来のX線CCDより高いエネルギーのX線検出、低エネルギーX線に対する高い量子効率を達成しました。また、X線望遠鏡としては史上最大の38分画四方の視野を持ち満月より広い視野を一度に撮影可能で、大きく広がった天体の観測で力を発揮するほかRESOLVE視野外の天体をとらえることでRESOLVEの観測をサポートしています。

宇宙は冷たく静穏な世界に見えますが、あちらこちらで天体の爆発や衝突がおこるなど激動に満ちており、X線で観測することによって可視光で見るよりも違った景色やより多くの情報を集めることができます。しかし、宇宙からのX線は地球の大気によって遮られてしまうため、地上からは観測することができません。なので、X線を観測するために宇宙に人工衛星を打ち上げる必要があります。

銀河団は高温プラズマでできており、高温プラズマは大量のX線を出しています。X線を出しているということはエネルギーを放出しているので、高温プラズマはやがて冷えて圧力が下がることによって暗黒物質の重力で押しつぶされてしまいまた、密度が上がってまたX線を出す放射効率が上がってどんどん冷えていってしまいます。10億年もあれば銀河団の高温ガスはなくなってしまうはずですが、実際には銀河団は100億年規模で安定しています。そこで、銀河の中心にある巨大質量ブラックホールからのジェットが、プラズマに乱流を作り出し、プラズマを温めることによって、暗黒物質による崩壊を防いでいるのではないかと考えられていました。

しかし、『ひとみ』がわずかな運用期間で、ペルセウス銀河団中心部の高温プラズマの「乱流」を観測した結果、プラズマの動きは予想よりも非常に静かでした。つまり、巨大質量ブラックホールからのジェットの乱流でプラズマが温められているようには見えないことが判明しました。いったい何が暗黒物質の重力に対抗して銀河団の構造を保っているのか、そのエネルギー源はわからないままとなっています。

そこで『XRISM』は、多様な銀河団を観測して、それぞれがどのような形でエネルギーが輸送されているのかを明らかにしようとしています。

高温プラズマが運ぶのはエネルギーだけではありません。恒星の中で生まれた物質もまた、恒星風や超新星爆発といった現象によって高温プラズマとなって星間空間へ広がっていきます。そして、新たな恒星や惑星の材料として再利用されます。さらに、そうした物質のうち重元素は、銀河風や巨大質量ブラックホールのジェットによって、100万光年もの距離を飛んで銀河間空間へ放出されていきます。つまり、エネルギーだけではなく物質も輸送され、宇宙で循環しています。

『XRISM』はそうして運ばれる物質の中の一つ一つの元素の動きを捉えることができる性能をもっているので、様々な天体を観測し、それぞれどのように物質が移動しているか、どのように星間空間・銀河間空間へ移動しているのかを観測します。

多くの銀河の中心には巨大質量ブラックホールがあり、巨大質量ブラックホールの周辺には物質や高温プラズマが密集しており、ジェットとして噴き出す前にその前に吸い込まれる現象が起きている。高温プラズマが巨大質量ブラックホールに吸い込まれるときに、元素輝線が強い重力で赤方偏移します。ただ、これまでの観測では、赤方偏移した成分と、していない成分の区別がはっきりできませんでした。

しかし、『XRISM』は、巨大質量ブラックホールの近くの赤方偏移した成分と遠方からの輝線を精密に区別して、巨大質量ブラックホール周辺のプラズマの形を見極め、降着と噴出のメカニズムに迫っていきます。

XRISMの科学目標©JAXA

RESOLVE側のX線望遠鏡には帽子のつばのようなものがいくつかついています。帽子のつばのようなものはそれぞれ違う角度をしており、RESOLVE側のX線望遠鏡を熱や光から守る役割のほか、反射した光がXTEND側のX線望遠鏡に入らないようにする工夫がなされています。帽子のつばのようなものを直線上に結ぶと焦点がXTEND側のX線望遠鏡の外側にくるようになっているようです。

XRISMの模型より

衛星の開口部側にヘリウムガスを排出するパイプがついています。そのパイプは自転車のハンドルのように一部曲がっています。パイプを真っ直ぐにすると出たガスが衛星の開口部に回り込んで中に入り込んでしまう可能性があり、パイプを長くすると熱を帯びてしまう可能性があるため、パイプの先端を曲げているようです。

ヘリウムガスを排出するヒートパイプ

余談ですが、『XRISM』には宇宙に行った後には使用しないCPUファンのようなものが搭載されています。CPUファンは打上げの直前まで冷凍機を冷やすために使用されます。そのため、振動試験や衝撃試験、紫外線照射試験等を行い、壊れないことを確認してから搭載しているようです。

サーマルブランケットの色が上部と下部で異なっているのは、衛星の上部と下部を作ったメーカーがそれぞれ違うサーマルブランケットを使用したためだそうです。

マイクロカロリメータの冷却器の下部に見えるファンがCPUファン
左:前島 弘則 XRISM Project Manager 
右:田代 信 XRISM Principal Investigator
3月14日島間港から種子島宇宙センターへ陸送されるXRISM
8月11日フェアリングVOSのため、第一衛星フェアリング組立棟から                             VABへ移動するXRISMとSLIMを搭載した4/4D-LC型フェアリング

(文:渡辺祥馬)