JAXA小笠原追跡所50周年記念式典と施設公開

 2025年11月14・15日に行われた、JAXA小笠原追跡所50周年記念式典と施設公開を父島にて取材してきましたのでお届けします。全日程の現地取材をしたのは当会のみのようです。

1. JAXA小笠原追跡所とその役割

 小笠原追跡所は、東京都小笠原村の父島に置かれているJAXAの施設です。種子島や内之浦から、東に向かってロケットを打ち上げる際に、追跡管制を行うネットワークの一端を担っています。1974年5月1日に開所し、翌1975年9月9日のN-Iロケット1号機による技術試験衛星I型「きく」(ETS-1)で初運用を行いました。今回のイベントは、この初運用から50周年を記念して企画されたものです。
 種子島からの打ち上げの場合は初期追尾を種子島内の竹崎局が担い、そこから小笠原局が引き継ぎ、更にキリバス共和国のクリスマス局、チリのサンチャゴ局と追跡管制をリレーしていきます。打ち上げ時の安全対策である「飛行安全」の重要な施設で、レーダーと通信アンテナがペアになって、飛行中のロケットの追跡と、ロケットが自分自身の状態を載せて送ってくる電波の受信を行います。ロケットが担当範囲内を飛行中に万一の事態が起こった際は、指令破壊信号を送る役割も担っています。

 小笠原村の広報誌を見てみると、1997年ごろは打ち上げ時を除き見学ができたようですが、その後情報収集衛星の打ち上げが始まったことや省人化の流れなどが重なって常時公開はなくなりました。その後JAXA職員の常駐が廃止され、打ち上げ時以外は保守点検の業者が入るのみとなっており、定期的な一般公開もありません。今回は、およそ20年ぶりの施設公開となりました。

2. イベントの概要

 今回のイベントは、のべ3日間にわたって行われました。
・11月11日(火)施設公開見学ツアー(主に地元住民向け)
・11月14日(金)記念式典および講演
・11月15日(土)施設公開見学ツアー(主に地元の子どもと観光客向け)、スペシャル公演、水ロケット製作&打上げ体験

 公式行事としてのメインは14日の記念式典、一般向けのメインは11日および15日で、当会が取材したのは14・15日です。なお、地元向けが11日になったのは、島にとっての繁忙期である、おがさわら丸の入港中を外したためとのことでした。小笠原ではお店の営業日など生活の様々な側面が「おがさわら丸が二見港にいるかいないか」で決まっているようなところがあります。

3. 11月14日のイベント(50周年記念式典)

 11月14日の記念式典は、14時から小笠原村地域福祉センターで行われました。最初に鹿児島宇宙センターの砂坂義則所長から開会の挨拶の後、村長代理として金子小笠原村副村長らからの来賓祝辞、通信所の歴史紹介と維持管理に尽力してきた関係企業(東京美化(株)、宇宙技術開発(株))への感謝状贈呈が行われ、最後にJAXA岡田理事からの特別講演が行われて閉会となりました。
 平日昼間、おがさわら丸入港中にもかかわらず会場は満員で、追加椅子が出るほどでした。
 「H3ロケットの挑戦」と題した岡田理事の講演は、自身の半生を語るもので、ロケットエンジニアを志したきっかけや子どものころの話から宇宙やロケットとは、H3ロケットの開発についてなど幅広い内容でした。質疑応答で印象的だったのは、来賓として来ていた父島の自衛隊駐屯地の指令官の方が、油井宇宙飛行士の防衛大学校時代の同期であったことで「失敗の時の責任の取り方」について質問していたことでした。自衛隊流では「責任を取る=辞めるということ」という問いかけに、「続けて成功させるのも責任の取り方ではないか」と返答していたのは、仕事は違えどトップとしてのあり方のスタンスを垣間見るようでした。

4. 11月15日のイベント(施設公開、水ロケット製作&打上げ体験)

 11月15日の施設公開見学ツアーは、8時30分から見学バスの整理券配付が行われる予定でしたが、待機人数が多くなったため繰り上げて配付し、取材班が到着した8時15分頃に最後の券の配布が終わりました。この時点で50名以上が並んでおり、更に列は伸び続けていました。このため、急遽自力で通信所まで移動した上での飛び入り参加も認められることとなり、取材班もレンタルバイクで直接現地に向かいました。港のある大村地区からは夜明道路(都道240号線東部)を走ること10分強の道のりです。途中で見えるボニンブルーの海の美しいこと。
 正門前で待つことしばし、開門と同時に入場し、訪問者名簿へ記載をしながら9時発のツアー第1便を待って合流しました。この時点で整理券を持つツアー人数15人に対し8人が飛び入り参加していましたが、後のツアーでは整理券を持つ人の方が少数派となったようです。
 見学ツアーは、1時間ほどかけて管理棟(パネル説明と管制室見学)→A局テレメータ(レドーム内見学)、第2テレメータ兼B局テレメータ(レドーム内見学)、第1テレメータ(屋外)、第2アンテナ(屋外)の各局の見学を、解説付きで巡るという内容でした。
 各パラボラアンテナの役割はを整理すると以下のようになります(全て2025年11月15日現在)

・A局テレメータ:レドーム内に設置。H3用指令破壊コマンド送信用、運用中
・第2テレメータ兼B局テレメータ:レドーム内に設置。イプシロンおよびH3用追跡レーダ、運用中
・第1テレメータ:屋外に設置。H-IIAおよびイプシロン用追跡レーダ、運用終了
・第2アンテナ:屋外に設置。H-IIA用指令破壊コマンド送信アンテナ、運用終了

 レドームはA局テレメータに使われているFRPタイプ(ドーム型)と第2テレメータ兼B局テレメータに使われている布タイプ(サッカーボール型)の2種類があります。どうして異なる形式となったか尋ねてみました。ドーム型は建設にかかる時間が長く初期コストが掛かる反面、一度できあがるとあまり手間が掛からず、布タイプは建設時間は短く初期コストは安いものの、布が破れた際の貼り替えには職人技が必要となるなど、使い続ける際の手間とコストが掛かってくるとのこと。作られた年度も異なるので、主にその時々の予算によって両形式の長短を考えた上で形式を決めた、とのことでした。
 また、布タイプのレドームは多数の三角形のフレームで構成されていますが、それぞれの三角形は不揃いです。これについては電波の通りやすさを考慮して設計した結果であるとのこと。
 なお、H-IIA47号機をもって運用終了となった屋外設置のアンテナ2基は、早ければ2025年内に撤去される見込みのため、姿を見たければなるべく早いうちに訪問することをお勧めします。

 ツアー中に撮影した写真を掲載します。全てJAXAの許可を得ています。

○ツアー中の風景

○A局テレメータアンテナのドームと内部

○第2テレメータ兼B局テレメータのドームとアンテナ

○第1テレメータ、第2アンテナ

 ツアー後に大村地区に戻ると、既にスペシャル公演は終わっており、水ロケットの製作と打ち上げが行われているところでした。このイベントのために出張してきた種子島宇宙センター職員の方がカウントダウンをしていたり、岡田理事や砂坂所長が実に楽しそうに空気入れ係(実物のロケットならば燃料注入)をしていたりと、豪華メンバーが担当者を務めていました。

水ロケット発射!

付帯施設の紹介

 今回の公開範囲ではありませんでしたが、父島の中には小笠原追跡所の付帯設備が2ヶ所ありますので、訪問してきました。
 1ヶ所目は三日月山コリメーションアンテナ(アンテナ較正用施設)です。島の北西端に近いウェザーステーション展望台から三日月山展望台に向かう遊歩道沿いにあり、外観のみなら特別の許可なく見学可能となっています。
 同様の役割の施設として、追跡所の隣に位置する笠山山頂に笠山コリメーションアンテナがありました。三日月山に役割を譲ったことで使われなくなり、今は鉄塔が残っています。退役の理由をJAXAの説明担当者に尋ねてみましたが、電線を引き回すことができず、較正の際はバッテリを担いで上がらないとならなかったから、ということでした。
 また、大村地区から追跡所までの夜明道路沿いに少なくとも4ヶ所、JAXAの国有林使用許可看板が立っているのを見かけました。訪問する機会があったらぜひ探してみて下さい。

 小笠原追跡所50周年イベントの紹介はここまで。父島には他にも国立天文台や気象庁、国土地理院といった機関の施設が置かれています。機会がありましたらそちらの紹介もできればと思っています。
 写真については、撮影者のキャプションがない場合は当会の撮影、キャプションがある場合は当該会員の撮影です。引用時にはお気を付け下さい。

(記事・写真:金木利憲)