火星衛星探査に挑むJAXA「MMX探査機」の全貌 報道公開レポート(前編)

火星探査の歴史に新たな1ページを記せるか。

報道公開されたJAXAの「MMX探査機」

赤い惑星、火星。この惑星には2つの小さな衛星「フォボス」と「ダイモス」があり、世界各国が火星と火星衛星を調べる様々な探査機を送り込んできました。その火星衛星に今年、日本が探査機を送り込みます。探査機が目指すのは、”成功すれば世界初”となる「火星衛星からのサンプルリターン」。

宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)は2026年8月13日、世界初に挑むミッション「火星衛星探査計画MMX」の探査機※を報道陣に公開しました。(※以下、MMX探査機)

本記事は報道公開レポートの前編として、MMX探査機が挑むミッションの概要と、着陸やサンプル採取に関連する主なミッション機器を紹介します。
 

日本最大級の探査機が目指すもの

MMX探査機は打上げ時重量4,480kg。三菱電機株式会社(以下、三菱電機)が開発・製造を担当し、この日までに鹿児島県南種子町の種子島宇宙センターに運び込まれました。

4,480kgという重さは、日本の探査機で一番重い、月探査機かぐや(SELENE)の打上げ時重量2,914kgを大きく上回ります。つまりMMX探査機は日本の宇宙探査史上”最も重い”探査機と言えます。ここまでヘビー級の探査機になった理由は、推進剤(いわゆる燃料)を大量に積んでいるためです。MMX探査機の推進剤搭載量は3,030kgで、実に重量の3分の2(68%)を占めています。かぐやの推進剤搭載量が1,200kgで、重量の4割程度だったことをふまえると破格の多さです。

探査機システムの概要 ©JAXA
深宇宙探査機としては初めて三菱電機が主製造を担当した

機体は3つのモジュールで構成され、それぞれ往路モジュール、復路モジュール、探査モジュールと呼ばれています。このうち復路モジュールのみが地球に帰還し、往路モジュールは火星到着後に、探査モジュールは火星離脱前に分離投棄されます。MMX探査機がこのような複雑な構成をとっているのには理由があります。

MMX探査機は火星衛星フォボスのサンプルリターンを目指します。そのためには火星周回軌道に入り、フォボスに接近・着陸・離陸し、さらに火星周回軌道を離脱して地球へ戻ってくる必要があります。これには非常に大きな軌道速度(Delta-V)が求められます。そこでMMX探査機は大量の推進剤を搭載し、さらにロケットのような3段式の構成をとり、役目を終えたモジュールを投棄して機体を軽くすることで大きな軌道速度を効率よく得られるようにしているのです。

MMX探査機は2026年10月に種子島宇宙センターから打上げ後、翌2027年に火星に到着。フォボスと並走する軌道で数年に渡ってフォボスを観測し、その間に表面に着陸してサンプルを回収。フォボス観測後、軌道を変えてダイモスのフライバイ観測を実施し、2030年に火星を離脱して翌2031年に地球に帰還します。火星衛星の観測とサンプルリターンを通じて火星衛星の起源や火星と火星衛星の進化史が明らかになることが期待されます。

この日行われた機体公開では往路モジュールが単独で、復路モジュールと探査モジュールが合体した状態で実施されました。

左が往路モジュール。IA製450Nスラスタに赤色のカバーがかけられている
右は復路モジュールと探査モジュール

機体を見てまず驚かされたのは、MMX探査機の巨大さです。見上げるほど大きな復路モジュールと探査モジュールに4本の屈強な着陸脚がそびえている姿からは、宇宙に送られる精密機械というよりも「頑強な建設重機」のような印象を感じました。

筆者はJAXA相模原キャンパスの特別公開等でMMX探査機の精巧な1/2模型を目にしたことがあります。しかし、実機の持つスケール感は当然ながら1/2模型を遥かに凌駕しており、筆者は『これがMMX探査機の本当の姿か』と瞠目するばかりでした。

機体公開では探査モジュールの機器搭載部が見られる姿勢でしたので、サンプル採取を行うサンプリング装置や各種観測装置を撮影できました。なお強い光がMMX探査機の観測装置に影響を及ぼす可能性があるため、フラッシュ撮影は禁止でした。

着陸脚と太陽電池パドル等を除いて、機体は金色のMLI(多層断熱材)で覆われています。

金色の探査機が持つ漆黒の着陸脚

MMX探査機の1/20模型。漆黒の着陸脚が精悍な印象を抱かせる

MMX探査機でひときわ存在感を放っているのが4本の着陸脚です。金色の機体と違い、着陸脚だけが黒色をしており、異質さすら感じます。なぜ黒色なのでしょうか。

着陸脚が取り付けられているのは「探査モジュール」で、ここには火星と火星衛星を観測するカメラや各種分光計といった様々な観測装置が搭載されています。着陸脚はカメラの視野にこそ入りませんが、着陸脚で反射した光がカメラに入る可能性があります。これを「迷光」と言い、科学観測に悪影響を及ぼす厄介な存在です。機体を包む金色のMLIは光をよく反射するため、着陸脚を覆うには好ましくありません。そこで着陸脚を反射の少ない黒色の素材で覆うことで、迷光を可能な限り防いでいるのです。

打上げ時、MMX探査機はフェアリング内に収容されるため、着陸脚は一旦折りたたんでおき、打上げ後に展開されます。機体公開では着陸脚は折りたたまれた姿でした。なおMMX探査機はその巨体さゆえにH3ロケットのショート(S)フェアリング内に収容できないため、打上げにはH3ロケット初のロング(L)フェアリングが使用されます。

「どっさり」「確実に」2段構えのサンプリング装置

MMX探査機はフォボスのサンプルリターンを通じて、火星衛星の起源と火星圏の歴史を解き明かすことを目的としています。地球に持ち帰るサンプルの量は多ければ多いほど良く、10g以上のサンプルを持ち帰ることがサイエンス側から要求されています。さらには表面の砂(以下、レゴリス)と表面から2cm以上の深さのサンプルの両方を採取することも要求されました。言わずもがな、手ぶらでの帰還はNGです。ちなみに小惑星探査機はやぶさ2のサンプルの採取目標量は「0.1g」。つまりMMXの採取目標「10g」は、はやぶさ2の100倍です。

この苛烈とも言える要求を達成するために、MMX探査機は2つのサンプリング装置を搭載しています。

1つ目は、JAXAが開発するコアラー機構を用いたサンプリング装置「C-SMP」。

C-SMPはフォボスの地表に金属製の筒「コアラー」を打ち込み、引き抜く際にコアラーの先端を閉じて中にサンプルを閉じ込め、コアラーをカプセルに収納することでサンプルを持ち帰る仕組みです。直径2cm・長さ約10cmのコアラーとその射出機構は探査モジュールに搭載されたマニュピレータの先端に装着されており、マニュピレータはコアラーを地表やカプセルのサンプル収納部に搬送する役割を担います。

サンプリング装置(C-SMP)の図解(撮影画像を元に筆者作成)

マニュピレータの先端にはコアラー機構が3つ搭載されています。着陸回数は2回の予定ですが、コアラーが刺さらなかった時の予備として搭載されているとのこと。コアラー機構よりやや細い円柱状のものは後述するニューマティック採取装置(P-SMP)のための把持機構です。また地表の硬さを調べるピックも備わっており、コアラーが打ち込める硬さかどうかを事前に確認することができるそうです。

コアラー機構があれば、表面のレゴリスから表層下のサンプルまで「どっさり」持ち帰ることが可能です。しかし、フォボス表面の硬さは着陸して確かめるまでわからず、コアラーを打ち込めない硬い地質である可能性も0ではありません。そこで搭載されているのが、NASAが開発するガスを利用したニューマティック採取装置「P-SMP」です。

P-SMPは前述した着陸脚の1つに搭載されており、着陸後に着陸脚根元のボックスから高圧の窒素ガスを着陸脚先端の放出口に送り込み、噴射されたガスで舞い上がったレゴリスをチューブに通し、着陸脚根元のボックスにある容器(キャニスター)に収容してサンプルを確保します。

ニューマティック採取装置(P-SMP)の図解(撮影画像を元に筆者作成)

サンプルの入ったキャニスターはC-SMPのマニュピレータ先端の把持部によって把持・回収され、カプセルのサンプル収納部まで運ばれます。カプセルのサンプル収納部には開閉式のフタがついており、このフタを開くことで収納部にアクセスできます。収納されたコアラーとキャニスターは後日カプセル内に搬送され、地球帰還の時を待ちます。

ガスを利用したサンプリング装置は、NASAの小惑星探査機「OSIRIS-REx」で実績のある方式です。ただしP-SMPはOSIRIS-RExのそれよりずっと小型で、MMX探査機にとってはおまけ的な扱いです。しかし確実に微粒子以上のサンプルを採取できるほか、P-SMP単独で最大10gのレゴリスを採取できます。

コアラーを打ち込むC-SMPと、ガスの力でレゴリスを集めるP-SMP。この2つのサンプリング装置でもって、MMX探査機は「どっさり」「確実に」サンプルを採取するのです。

サンプルリターンカプセルのサンプル収納部へのアクセスドア。黒色のフタが開閉する仕組みだ

ここまで、火星衛星探査計画MMXが挑むミッションと、着陸やサンプル採取に関連するミッション機器を紹介しました。しかし、ミッション機器はこれだけではありません。MMX探査機には他にも世界最高峰と言うべき観測装置が搭載されているのです。さらには観測装置にとって脅威となる「ある問題」への対策も。後編ではそんなMMX探査機の観測装置と「ある問題への対策」を写真付きで紹介します。

文、写真、図(特記以外):山賀康平